複素数の絶対値をめぐる技術

複素数の絶対値と向き合えますか?」


複素数は, 2つの実数で表すことができます. それは実部と虚部であったり, または絶対値と偏角であったりします. 特に, 前者から後者への表記の変換は, 数覚の一つの重要な根幹となります. 今回は, 複素数の絶対値を素早く取る方法, 或いは複素数極座標表示に素早く変換する方法に注目して記事を書いてみようと思います. ここに出てくる数式は, 一つも途中経過を省略していません.


まず, 複素数の絶対値の定義は次です.
{\left|a+ib\right|} = \sqrt{a^2 + b^2}
基本的に変数a,b,c,\dots, r, \thetaは実数, 変数z複素数とします. i虚数単位を表すものとします. 角度は全て0から2\piを取るものとします.
一方, 極座標表示では
{\left|re^{i\theta}\right|} = r
となります.


素朴に思える上のような事も, 一つ一つ重要なことです. まず, 複素数zに対して, それの位相を回しても大きさは変わりません.
{\left|z\right|} = {\left|z e^{i\theta}\right|}
また, 絶対値は積を保存することも, 極座標表示から分かります.
\left|z_1z_2\right|=\left|z_1\right|\left|z_2\right|
さらに, 複素数の図形的な理解も非常に重要です.

{\left|a+ib\right|}^2 = a^2 + b^2は, 三平方の定理に過ぎないのです.

蛇足ですが, 三角関数の基本公式\sin^2 x+\cos^2 x=1だって三平方の定理なのですよ.
\sin^2x+\cos^2x={\left|\cos x+i\sin x\right|}^2={\left|e^{ix}\right|}^2=1
あと, 複素数の絶対値に関する三角不等式は, 正に「三角不等式」なのです.
\left|z_1-z_2\right| \le \left|z_1\right| + \left|z_2\right|

つまり, 複素数に入る「距離」は, 単に複素平面での距離となる, とそういうことですね.



絶対値の最も基本的な性質は, 次のものです. (これを定義としてもいいです)
{\left|z\right|}^2 = z \overline{z}
すなわち, 共役を取って掛けなさい, とまぁそういうわけです. しかし, これを使っていてはておくれです.

まず, 複素数の絶対値を取る練習問題として, z = 1 - e^{i\theta}で計算してみてください. もしまじめに共役を取って掛けたなら, こうなるでしょう.
\begin{align} {\left|1-e^{i\theta}\right|}^2 &= \left(1-e^{i\theta}\right) \left(1-e^{-i\theta}\right) \\ &= 1 - e^{i\theta} - e^{-i\theta} + 1 \\ &= 2 - 2 \cos \theta \\&= 4 \sin^2 \frac \theta 2 \end{align}
\therefore \quad \left|1-e^{i\theta}\right| = 2 \sin \frac \theta 2
ああ, そんなことをしていては日が暮れてしまうよ… こんなものは, この図一発です.

はい, だから
{\left|1-e^{i\theta}\right|} = 2\sin \frac \theta 2
です.
もう少し言うと, 全体の位相を回して中心を実軸に持ってくるのが, 重要なテクニックです.
\begin{align}1-e^{i\theta} &= e^{i\frac\theta 2} \left(e^{-i\frac\theta 2} - e^{i\frac\theta 2}\right) &= -2ie^{i\frac\theta 2} \sin \frac \theta 2 \end{align}
更に一般に, 余弦定理より次が成り立ちます.
\begin{align}{\left|ae^{i\theta}-be^{i\phi}\right|}^2 &= a^2+b^2-2ab\cos(\theta-\phi) \end{align}





z = 1 + e^{i\theta}のケースだと, 二等辺三角形の高さの二倍なので,
{\left|1+e^{i\theta}\right|} = 2 \cos \frac \theta 2
ですね.
これも全体の位相をうまく回してやると, 自然とcosが出てきます.
\begin{align}1+e^{i\theta} &= e^{i\frac\theta 2} \left(e^{-i\frac\theta 2} + e^{i\frac\theta 2}\right) \\ &= 2e^{i\frac\theta 2} \cos \frac \theta 2 \end{align}
延長として,
\begin{align}{e^{i\theta}+e^{i\phi}} &= e^{i\theta} \left(1+e^{i(\phi-\theta)}\right) \\ &= 2 e^{i\frac{\phi+\theta}{2}} \cos{\frac{\phi-\theta}{2}} \end{align}
一般に, やはり余弦定理より次が成り立ちます.
\begin{align}{\left|ae^{i\theta}+be^{i\phi}\right|}^2 &= a^2+b^2-2ab\cos(\pi - (\theta-\phi)) \\&= a^2+b^2+2ab\cos(\theta-\phi) \end{align}
三平方の定理余弦定理の系なので, 複素数の絶対値が余弦定理と深く関連しているのは当然と言えます. それを知っていると, 複素数の絶対値なんて暗算の世界になるのです. ですから, もう共役を取って掛けて, それをまたまとめるなんてバカなことはお止しなさい.

さて, 更に3つ項があるケースを考えましょう. これは, 先程までの結果の組み合わせです. 常に余弦定理を意識します.
\begin{align}{\left| e^{i\alpha}+e^{i\beta}+e^{i\gamma}\right|}^{2}&={\left| e^{i\alpha}+2e^{i\frac{\gamma+\beta}{2}}\cos{\frac{\gamma-\beta}{2}}\right|}^{2}\\ &=1+4\cos^{2}\frac{\gamma-\beta}{2}+4\cos\frac{\gamma-\beta}{2}\cos\frac{\gamma+\beta-2\alpha}{2}\\ &=1+4\cos\frac{\gamma-\beta}{2}\left(\cos\frac{\gamma-\beta}{2}+\cos\frac{\gamma+\beta-2\alpha}{2}\right)\\ &=1+8\cos\frac{\gamma-\beta}{2}\cos\frac{\beta-\alpha}{2}\cos\frac{\alpha-\gamma}{2}\end{align}
何という美しい式でしょう! 当然, 三変数に対して対称な式となっています. 特別な場合, \alpha=\beta=\gammaの時は1+8=9=3^2となり, \alpha = 0, \beta = 2\pi/3, \gamma = 4 \pi / 3のとき, 複素数たちが中心を均等に引っ張り合って1+8\times (-1/2)^3=0となります.

まとめ ヾ(╹◡╹๑)ノ"♡
ある複素数を極表示にしたいと思うことは度々あるわけですが, 特に絶対値だけ分かればよいというケースが多いように思います. そういう時に, いちいち共役を取って掛けて展開し, それをcosやらsinにまとめ上げるのは, よほど計算慣れしていないと間違えます. 絶対値の二乗を求めたはずなのに, 虚数単位が入っているとか, そんな風になったら最悪です.


複素数幾何学的に. きっと道は明るいはずです.