「今生きている人は今まで死んだ人より多い」は間違いである

― 今生きている人は今まで死んだ人より多い

こんな都市伝説のような話がある。グラフまで持ち出してまことしやかに語っているブログ記事まで存在する。人口増加が指数関数的に加速しているので、今まで死んだ人より多いくらいの人間が生きているという主張だ。しかし、自分で計算してみたら、これは全くのデタラメだったので、ここに反証しておく。

まずは文献にあたってみよう。英語で調べることは文献調査の基本的な姿勢だ。`how many people have ever lived'のような適当な英語で調べてみると、いくつか文献がでてくる *1*2*3*4*5*6。その内容をまとめると次のようになる。

PRB (Population Reference Bureau)に所属するCarl Haubによって1995年に推定値が発刊され、その後2002年、2011年に推定値が更新された。彼の2011年の推定値によると、これまで生まれた人間の総数は1076億人だという。その年の全人口は70億弱なので、およそ6.5%に過ぎない。つまり、今生きている人の数は、今まで死んだ人の数のたった数%にしかならない。ある程度きちんとした調査機関のように見えるが、この数字自体が学会的に認められているというわけではないそうだ。

この推定値がどれほど信頼に足るものかどうかはさておき、「今生きている人は今まで死んだ人より多い」という主張をへし折るのは意外と簡単なことである。

まずは各時代の人口を調べよう。Wikipediaに頼りすぎるのもよくないのだが、World population estimates - Wikipediaに複数の研究機関の推定値が表になっていて便利なのでこの数字を使ってみる。表を眺めながら複数の推定値をにらみながら、世界の人口を次のように見積もってみよう。

  • 0〜900年: 2億
  • 1000年: 2.5億
  • 1100年: 3億
  • 1200年: 4億
  • 1300年: 4億
  • 1400年: 4億
  • 1500年: 5億
  • 1600年: 5.5億
  • 1700年: 6億
  • 1800年: 9億
  • 1900年: 16億

この100年おきの総人口を単純に足し算すると、79億人となる。つまり紀元後、2000年までに死んだ人は少なくとも79億人はいるということだ。これはこれらの人間がみんな100年生きたというありえない仮定の上の話である。平均寿命を仮に50歳としたら、この倍の158億人いたことになる。

これまで死んだ人間の数は、少なくとも158億人はいて、今生きている人の数はこれよりも少ない。

この数字でさえ、平均寿命を50歳としていて現実味はない。平均寿命が50歳を超えたのはついここ一世紀の話であって、数百年も前になると30歳前後であったという。昔は死産も多かった。それも考慮すると、200〜300億人くらいにはなる。さらに、紀元前の人口推移も考慮すると20〜30億は増えるはずである。

こんな大雑把な見積もりから考えても、「今生きている人は今まで死んだ人より多い」は全くの間違いであると言える。

では、あのブログ記事の見積もりはどこが間違っていたのだろうか。良く読むと、「1万年前の人口推計値が400万人なので年に10万人が生まれることになる。このペースで人が生まれると1万年間で生まれる人の数は総計10億人にしかならない。」がおかしいことに気がつく。1800年までに生まれる人の数の見積もりだが、1万年前の人口がそのまま1800年まで続いたという計算をしてしまっている。実際は、1500年代に生きた人だけでも10億人はいるはずである。

こんな簡単な計算でも、都市伝説の検証はできる。どんなことでもまず自分の頭で検証を試みることが大事だと思う。それっぽい見た目のグラフと専門家のような口調に騙されない、生きる術の一つである。


2017/02/05: 文章を読みやすく、主張が変わらない範囲で書き直しました。